極真空手を通じて人間としての根源力を発揮、
心を磨き人格を高める武道空手を目指します。


極真空手とは

武道家・空手家である大山倍達総裁(1923~1994)が創始した、世界初の直接打撃制の空手です。極真の由来は「千日を以って初心とし、万日を以って極とす。」という大山総裁の言葉にあり、“心”を“真”に変え「極真空手」としました。 大山総裁の内弟子時代に習った「真を極めるには、体力、技術、精神を極める事。しかし自己の本性を極める事を忘れてはいけない」という言葉を噛み締め、日々、稽古と指導を重ねています。田畑道場は、大山総裁の教えを守り、技、体、精神を鍛え、極め、自分自身(本性、個性)を極める極真空手を通じて、人間としての根源力を発揮させ、人間形成に役立つ武道空手を目指しています。

プロフィール

1960年に山形県酒田市に生まれる。1979年高校卒業とともに上京し、極真会館総本部大山倍達総裁の内弟子となる。応募者120名の中から12名に選ばれる。その厳しさは「軍隊以上」といわれる3年間の修行で二人だけの卒寮となる。その後に東京本部正指導員4年を経て1985年に大山倍達総裁から「君、山形で極真空手を普及してくれたまえ」の一言で山形に支部を設立し、初代支部長となる。極真カラテの継承、伝承、普及、発展を旨に稽古指導を行っている。山形県内に34支部、会員2300人を擁する。日夜会員と共に汗を流し人間としての本当の生き方を求め稽古修行をしている。

社団法人国際空手連盟極真会館、全日本極真連合会理事長/大会審判長、現在七段、上席師範

経歴

1960年 酒田市に生まれる
1979年 大山倍達総裁の内弟子となる
1980年 第12回全日本大会出場、初段取得
1981年 第13回全日本大会出場、弐段取得
1982年 第14回全日本大会出場、内弟子卒寮
1983年 第15回全日本大会出場、本部指導員となる
1984年 第16回全日本大会出場、第1回全日本ウエイト制大会出場
1985年 第2回全日本ウエイト制大会出場
1985年 環太平洋選手権大会日本代表ウエルター級第3位

      大山総裁より山形支部長認可
1988年 参段取得、第5回全日本ウエイト制大会出場
1991年 四段取得
1993年 五段取得
1998年 中国・アモイで稽古指導
2000年 アメリカ・ニューヨークで稽古指導
2001年 協議会派を離脱
2002年 六段取得、オーストラリアで稽古指導

      国際空手道連盟 極真会館 全日本極真連合会 発起人、統括議長・大会審判長就任
2003年 ロシア、ベルギーで稽古指導
2004年 七段取得、海外指導(香港、ネパール、オーストラリア、南米、ベルギー、上海、スペイン) 2005年 南米、ヨーロッパ、カナダで稽古指導、カナダ・カルガリー名誉市民に
2006年 ベネズエラ、アメリカ(フロリダ)、スイス、デンマーク稽古指導
全日本極真連合会理事長、大会審判長就任
2007年 海外指導(スペイン、オランダ、ネパール、インドネシア、香港、ノルウェー、ベルギー、デンマーク、スイス) 2008年 全日本極真連合会理事長再任、大会機構委員長就任




国際空手道連盟 極真会館

極真空手は創始者大山倍達(1923~1994)が幼少の頃より中国拳法を学び、1938年、松濤館空手の開祖、船越義珍先生の門をたたき、その後、剛柔流空手、また他の格闘技を研究、1963年国際空手道連盟極真奨学会極真会 館を設立する。その後、世界124ヵ国に1200を超える公認道場を有し、非公認を含めるとその数は1200万を超える会員を有し単独会派としては世界最大にまで発展する。

極真空手の精神は「頭は低く、目は高く、口を慎んで心広く、孝を原点とし他を益する」を基本とし、人種、民族、宗教、思想、政治を超越し、偏見を廃し極 真空手を通して世界交流を行い世界平和に貢献する事を究極の目標とする。

また、創始者大山倍達は空手の従来の「寸止めルール」を廃し、直接打撃制ルールによる大会を開催する。現在行われている各流派の直接打撃制空手の大会は、このルールが基になっている。

1994年大山倍達が亡くなられた後、国際空手道連盟極真会館はいくつかの会派に別れる。極真会館山形県総本部田畑道場は全日本極真連合会に加盟し、各会派を超えた交流を持ち、極真空手統一を目指すものである。

全日本極真連合会

<基本理念>
自主自立をもった極真各会派、各道場が極真連合体を組織し、極真会館の各派閥の主義主張にとらわれず、「極真」として大同団結し、日本空手道の普及、発 展に寄与すること。

創始者、大山倍達が残した極真空手を、正しく継承し普及、発展のために研究、研鑽し、極真空手を通じて人格の陶冶と人間形成を目指し、社会に貢献する事を目的とする。