文集『酒田の子ども』

 酒田支部の阿部さやかさん(2級)が『酒田の子ども』という文集に中学生の中から選出されました。掲載された文を皆さんにご紹介します。

「サムライへの思い」

酒三中 阿部さやか


 控え室の中に泣きじゃくっている声が、響いていた。組んだ足に顔を埋めて、部屋の隅にいたのは私だった。たった数分前の出来事に、号泣していた。涙はボタボタとあふれては、乾いた繊維をぬらし空手着がぐっしょりとなった。今は、悲しいのではなく、苦しくもなく憎くもない。自分に悔しかっただけ。
 私にとって武道イコール空手イコール極真空手だ。真(まこと)を極める空手、それが極真空手。世界に名前が知れわたっている選手は沢山いる。その中の一人になりたいと、目を輝かせながらテレビに見入った日もある。山形から教えに来てくれる師範や先輩達、仕事や学校の合間に通う先輩達。
 沢山の先輩、師範達に支えられて大会に出場し、夢の第一歩を踏み出せると思った。しかし、その思いもむなしく1回戦敗退となってしまい、それと同時に今まで支えてきてもらった先輩、師範達を裏切ってしまった気がして自分への罪悪感のような怒りがこみあげてきた。
 この大会のため毎日のようにトレーニングを重ねてきたし、酒田支部から大会に出場する方々と一緒に週に二度の稽古では組手やミットに精を出し頑張ってきた。酒田から一人でも優勝者を出すために。
 いよいよ大会当日。組手に出る人達はみんな強そうで試合前から正直言って少し恐かったけれどこれまでの稽古や練習を無駄にしたくなかった。
 名前が呼ばれて「いよいよ始まるんだな。もう、後戻りは出来ないんだな。」と言う気持ちと緊張が高まりながら、相手と正面に並び互いに顔を合わせた。正面の師範達に礼をする。主審に礼をし、相手と互いに礼を交わし構える。周りには先輩達がいて、家族がいて、正面で見守るのは師範達。相手の目に、私が映る。張りつめた空気に一瞬の沈黙。
 「始め!」
 主審の声が響きわたる。この二分間に勝負をかける。相手の蹴りが空を切って耳をかすめ通る。パンチを繰り出すが鉄壁の受けではじき返される。蹴りでは足をとられる。しかし、後ろへは下がらない。どんなに力が弱くてもどんなに恐くても後ろへは下がらない。
 「前へ進め。」
 師範達、先輩達、みんなに言われた言葉。シンプルで簡単なこの言葉。勝利や希望を意味するこの言葉。私は前へ進む。
 腹部に激痛が走った。一瞬のすき。私は後ろへ下がってしまった。人間サンドバッグ状態。動けなくなった。試合終了の数十秒前のことだった。
 試合で負けたのは、力の弱さではなく自分の心が弱いからだ。痛みに耐えようとしなかった私。後ろへ下がってしまった私。最後まで闘おうとしなかった私。沢山の人達、先輩達、師範達を裏切った私。夢への第一歩を踏み出せなかった私。これは全て自分自身の心の弱さだ。言葉にならないような思いがいつの間にか、涙となってボタボタと顔中にこぼれ落ちていた。
 控え室の隅で泣きじゃくる私。自分への悔しさとこみ上げる怒り。隣にいる先輩でもある友人は一緒に涙を流していた。こんなに優しい友人や、支えてくれた人達、沢山の先輩、師範達を私は裏切った。そんな自分への気持ちがどんどん大きくふくらんでいた。
 大会終了後の稽古の日。くすぶる気持ちは晴れずまだ私の気持ちを重くしていた。しかし師範達、先輩達がかけてくれた言葉に気持ちが一変してしまう。
 「頑張ったな。」
 私は負けたのにほめられた。くすぶっていた心に、日が射し込むような気持ちになった。
 「負けて学べるんだ。サムライになるなら、次は勝てばいい。」
 師範のこの言葉の「サムライになる。」は、武士のように気骨のある人物になれという意味。簡単に自分を曲げない強い意志をもち、負けに学び、勝て。師範の言葉で、本当に伝えたかった意味を私は確(しか)と受けとめた。
 世界に名前が知れわたっている選手の中の一人になるのは遠い未来かもしれない。もしかしたらそんな日はこないかもしれない。未来は変わるから、先のことはわからない。でも、夢は持ってたいから、私は夢の第一歩を踏み出すためサムライの心をずっと持ち続ける。



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